下田 — 日本が最初に開いた二つの港のうちの一つ
この町を選ぶ理由
嘉永7年(1854年)3月、日米和親条約の締結により下田が開港した。このとき下田と函館が、日本で初めての開港場になった(C001)。開国の話は東京や横浜で語られがちだが、最初に外国船を受け入れたのは伊豆半島の南端にあるこの港町である。2024年が開港170周年だった(C002)。
誰に向いているか
- 幕末・開国史に関心がある人。この町では条約が結ばれた寺が現存している。
- 伊豆半島を南まで下る人。海水浴場が9つある(C010)。
何を見るか
了仙寺 — 日米和親条約附録の下田条約が締結された寺(C005)。1854年、ペリーは軍艦7隻を下田港に入港させた(C004)。
宝福寺 — 坂本龍馬は文久2年(1862年)に土佐藩を脱藩して勝海舟の門下に入るが、勝海舟が龍馬の脱藩赦免を願い出たのがこの寺だった。龍馬ゆかりの地として現存する(C006)。
弁天島(柿崎) — 吉田松陰は弟子の金子重輔とともに黒船への乗船を試み、子舟でこの辺りまで漕ぎ出した。二人の銅像が立つ(C007)。
つまり下田では、ペリー・龍馬・松陰という別々の物語が、半径数キロの中で重なっている。開港後は米露を中心とした諸外国との交流が行われた(C003)。幕末の唐人お吉にまつわる伝説も数多く残る(C008)。
江戸期の下田は「出船入船3000隻」と呼ばれた風待ち・避難の寄港地でもあった(C009)。開国以前から、ここは船が集まる場所だった。
食べるもの
伊勢海老は9月下旬から5月上旬に提供され、漁は毎年9月中旬に解禁される(C011)。金目鯛も下田の海鮮の特徴である。
行き方 — 遠さも判断材料
下田は伊豆半島の南端にある。熱海から先が長い。
東京から新幹線で熱海まで約1時間、そこから伊東線・伊豆急行線で下田までさらに約1時間30分(C014)。つまり熱海以南の在来線区間が、東京から熱海までより長い。伊豆を「東京から近い」と考えていると、下田で誤算になる。
乗り換えを避けるなら、踊り子号またはサフィール踊り子号の直通で約2時間30分(C015)。大阪からは熱海まで約2時間30分、そこから約1時間30分(C016)。
車も同様に、高速を降りてからが長い。東京方面から新東名を約1時間30分走って長泉沼津インターで下り、そこから約2時間(C017)。大阪方面からは新東名約3時間+インターから約2時間(C018)。
市内では、道の駅開国下田みなとで電動アシスト付き自転車を借りられる。9時から17時、1時間500円、4時間以上は2,000円(C019)。
泊まる — 1泊前提の町
行き方の項で見たとおり、下田は熱海から先が長い。裏返せば、日帰りではなく泊まる前提で組む町になる。
宿の分布がそれを示している。下田市観光協会は宿を3つの場所に分けて案内している(C022)。
- 下田駅周辺(徒歩5分圏)— 歴史の町歩きを起点にする場合
- 海岸沿い(多々戸浜・外浦海岸・入田浜)— 海が目的の場合
- 山間部(蓮台寺温泉・横川温泉)— 温泉が目的の場合
同じ「下田に泊まる」でも、選ぶ場所で滞在が変わる。施設の種別も旅館・ホテル・ペンション・民宿と幅があり(C021)、海辺の滞在地らしい構成になっている。
下田には温泉もある。 観光協会が案内する宿の多くが温泉を備え、源泉かけ流しや自家源泉を特徴とする施設が複数ある(C023)。開国の町として語られがちだが、宿の側から見ると温泉地でもある。
なお、観光協会の旅館掲載は順不同で、週に2回入れ替わる(C024)。掲載順は人気や評価を示すものではない。
注意・未確認事項
- 上原美術館は2026年9月1日から修繕工事のため長期休館の予定(C012)。休館終了時期は未確認のため、訪問前に必ず確認すること。
- 玉泉寺とハリス(初代米国総領事館)については、今回参照した公式ページ本文に記載がなく、claim 化していない。
- 了仙寺・宝福寺の文化財指定、拝観料、公開状況は未取得。
- 黒船祭、下田公園のあじさい等の季節情報、温泉、宿泊施設、ペリーロードは未調査。
- 唐人お吉については、出典が「伝説」と記しているため、史実としては断定していない。
出典
本文の事実は、以下の出典に基づいています。